むぎょうの受験体験記

むぎょうの受験体験記

浪人生活を記録していくブログです。東大理一志望。

刻み込まれた"声"

カチカチッ…カチッ……カチッ………………落ちた。

その瞬間大切なものを見失った。

夢は遠くまではっきりと見えていたのに。

気づいたら涙色の天井を見つめていた。

森閑とした部屋の中。心の声だけ響き渡る――

 

 

「先輩でも落ちたなら、俺には東大ムリですね」

気分転換に参加した学校の勉強合宿で、卓球部の後輩から突然そう言われた。

人は誰しも、自分より優れた人間が乗り越えられない壁を簡単に越えられるとは思わないだろう。

僕は1人の大学受験を狂わ……いや、可能性に満ち溢れた人生に蓋をしてしまったのかもしれない……

もう後輩を直視することは出来なかった。その声を忘れることは出来なかった。

 

僕は受験を舐めていた。

大学なんてどこでもよかった。

東大理一を目指した高尚な理由はない。

ただ周囲の期待通り、敷かれていたはずのレールを進んでいただけ。

脱線なんて一瞬のことだったさ。

東大に落ちて心が折れ

お婆ちゃんに浪人報告して胸が痛み

後輩に作り笑いで全落ちを告げ

友人には不合格の3文字を震える手でラインし

彼女の前では精一杯虚勢を張って

親の前でボロクソ泣いた。

過ぎてしまえば一瞬のことだったよ。

 

 

――悲しみの波が押し寄せる。

願望が砕け散った絶望の中で、心が叫んだ声を忘れるな

 

 

……やっぱ東大行きてぇ

 

 

あとがき

 

15/40

これは昨日返却された現代文の点数だ。

世間で嘆かれている「若者の日本語力低下」の例に漏れず、僕の日本語力も大分低い。

 

ここで、理系の僕でも思うことがある。

「本当の頭の良さは言語力に比例するのではないか」と。

第一に頭の良さとは自分ではなく他人に評価されて意味をなす。

他人に頭の良さを、アウストラピテクスのようにジェスチャーだけでアピールするのか?

そんなはずはなく大抵は言葉で、ということになるだろう。

 

この当然のことを、さも冷水をかけられたかのようにハッと気づいた僕は、最近日本語の勉強に励んでいる。

その過程で神山典士さんの「もう恥をかかない文章術」と齋藤孝さんの「語彙力こそが教養である」に出会った。

 

「僕はアウトプットが圧倒的に足りない」

すぐにそう感じた。

そこで何か思い切って書こうと思い、後で見返したら面白いだろうと浪人を題材にしている。

 

今回は、浪人の原点である不合格について取り上げた。

比喩はアニメ:エウレカセブンのop「DAYS」の歌詞をパクり、実体験を交えて仕上げた。

長文はまだ能力的にムズカシイので、あくまで短く。

 

短いからこそ、僕の能力不足が節々に表れているが、分かっていながらもままならないのが僕の実力なんだろう。

来年の合格体験を素晴らしい文章で伝えられるのを目指して、今は頑張るしかない。