むぎょうの受験体験記

むぎょうの受験体験記

浪人生活を記録していくブログです。東大理一志望。

【各論】……では受験勉強の基礎とは何か?

「受験勉強の基礎って何なの?」

みなさんはこの質問に何と答えますか?

 

僕はこの質問を友達に投げかけられ、とっさに「汎用性が高い知識じゃね?」と答えました。

例えば理系科目であったら公式、文系科目であれば単語(、文法)レベルを頭に思い浮かべながら。

 

でもそれだけでは足りないですよね。

公式の使い方は問題の条件に左右されますし、文章は単語の意味だけでなく文の構造を把握できないと読めません。

汎用性が高い知識だけでは、教科の基礎になっても受験で使い物にはならない。

そう考えると先程の答えが的外れに聞こえてきます。

 

「汎用性が高い知識の活かし方」

これだと先程よりしっくりきますね。

数学だと公式を覚えるのではなく、典型問題の中でどう公式を使うのか。

このノウハウの方が、受験では基礎的でしょう。

 

でもここで、なぜ?と考えてみます。

つまりなぜ公式よりもその使い方が基礎と言われるのか。公式も基礎だろ!と。

それは自身の習熟度のレベルと相手に要求されるレベルによって基礎の基準が変わるからではないでしょうか。

 

数学の初学習者は公式が基礎となり、受験生にとって問題を解くための使い方が基礎となる。

子供は日本語の語彙が基礎となり、僕たちは文章構造の把握力が基礎となる。

英語は母国語ではないので僕たちの習熟度は低く、単語や文法も文章構造の把握力と同程度の基礎となる。

 

この習熟度というのは基本的に年齢によって推移します。

なぜなら段々と他人の要求レベルが上がってくるからです。

僕たちは他人の要求に合わせて、学習のレベルを上げていきます。

むしろ常に他人の要求は自身の習熟度レベルを遥かに上回っているのではないでしょうか。

この点において、他人の要求レベルは自身の習熟度よりも基礎の基準を決定するにあたって、優位に立っていると言えそうです。

ただし習熟度が高くなるにつれ、基礎のレベルも高くなるのは経験的に明らかです。

重要なのは、基礎というのは客観的に決まるもので流動性があるということ。

 

この外的要因によって左右される基礎は僕たちの勉強方針に影響を与えません。

つまり受験だからといって、今まで勉強をしなかった人の勉強方針がいきなり受験レベルになるのではなく、コツコツと今まで要求されていたはずのレベルをクリアしていくしかありません。

それはコップに水を注ぐようなもので、下から積み上げていかないとコップの縁までには辿り着かない。しかしその縁の高さは年々高くなっていくばかりですが。

 

この基礎の次元が段々と上がっていくのを受験に当てはめるなら、ミクロとマクロの視点でしょうか。

 

ミクロとは公式とか単語とか文法。マクロとは問題を解く流れを指します。

例えば…

解の配置問題を解くために、不等式の使い方や方程式の解の求め方、極限、微分実数条件など色々なミクロな視点を組み合わせて、でもそれらを意識することなくマクロな視点、つまり答えまでの流れを意識して問題を解きます。

和訳問題では単語の意味や文法構造というミクロを意識しますが、長文問題では話の流れを掴むためにディスコースマーカーやキーワードの把握というマクロな視点を意識します。

 

先程言ったように問題によって要求される力は違いますが、このマクロとミクロな視点の出し入れ。これが基礎の次元を2分していると僕は思います。

ミクロの基礎は初学習者向け、マクロの基礎は受験生向け。

 

その観点で最初の質問に立ち返ります。

「受験勉強の基礎って何なの?」

それはつまり、マクロな視点の習得

いやそれ基礎ってレベルじゃないやんって嘆く人もいるでしょう。

しかしマクロな視点で考える、これを意識できない人はまだミクロという基礎が不安定なのではないでしょうか。

 

基礎について考えてみましたが、これが今の僕の答えです。

よく基礎が重要って聞きますが、深堀すると定義するのが難しいですね。

基礎の基準は変わるので、また答えは変わるかもしれません。

どう変わるかは大学に行ってみないと分からないし、社会に出なければ分かりません。

とりあえず今は、コレだと思う基礎を磨くのみ。

その一つの指針として、大学のアドミッションポリシーを読むことを薦めます。

特に東大と京大のは受験しない人でも一読する価値はあるので、下のURLからどうぞ(._.)

 

www.u-tokyo.ac.jp

www.kyoto-u.ac.jp

 

では今回はこの辺で(^^)/~~~